Auntie Kの日記

カナダで同性婚をしたアラフィフのおじさんのひとり言です。

二丁目で店子していましたが何か?

ボンジュール☆ 

 

むかぁ~し、貧乏学生だった頃のお話。

 アメリカの大学に通ってたんだけど、20歳までしか親の仕送りが無くって

そういう約束でしたので何も文句はありません。

 

当たり前ですが、仕送りが止まった後は自分でアルバイトしながら通うしか術はないですよね。

 

留学生もアルバイトは出来ますが、週に18時間とかの規定内ならパートで仕事が出来ました。当時はさらに学校内のパートならOKとかの規定もあった記憶があります。

 

そんな訳で、大学構内にある本屋でアルバしていました。

北米の大学では教科書を大学構内で購入したり、使った教科書を売ったりする事が出来ます。校外にも書店があって同じような事が出来るところもあります。

 

アテシは、教科書の購買担当の補佐兼中古の教科書の購入判定の補佐としてアルバイトしていました。

そのお陰でたくさんの教授と話す機会が出来たし、たくさんの生徒とも仲良くなれる機会がたくさん貰いました。

 

でも、やっぱり貯金も底をついてパートで働いても生活費にも足りず、日本に急遽帰国。3ヶ月ほど2丁目で店子しました

 

楽しかったですよ。

ママにも可愛がって貰って、常連のお客さんには本当にお世話になっちゃって。

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1994当時の写真

色んな方と出会えました。

もちろん芸能関係の方々いました。

アメリカに戻る時に、常連のお客さんから大きな花束頂いちゃって。

嬉しかったんだけど、持って帰れなし!

折角だけどお店に置いてきたっけ

 

スナック懐かしいなぁ~。

コッチには無い飲み屋文化やしね。

似ているのは「パブ文化」かなぁ。

あぁ〜だからパブが好きなんかもねw

 

 

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