Auntie Kの日記

カナダで同性婚をしたアラフィフのおじさんのひとり言です。

アテシがペイフォーワードにこだわる理由

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ボンジュール☆

今日のモントリオールは最高0℃と暖かい日になりそうです。
普通は-6℃とかなのに。変な気候です。

 

何がtriggerになったんだろう。。。
ジョージア州での大学時代、苦学生だった時の事を思い出しました。


大学のあった街はそこまで田舎って訳ではなかったけど、当時は大学寮が無くって、学校近辺にあるアパートは高すぎて予算オーバー。

そんな訳で、ちょっと離れた街にルームシェアをして生活していました。

学校までも限られた本数のバスに乗って通っていました。

ルームシェア代は、確か当時の金額で月に150ドル。

電気代は3人で50ドル/月で、カード式。

カードに50ドル入れて壁にあるカード入れ口に差し込んだら電気が付いて50ドル分使い切ったら電気が自動的に切れる仕組みでした。
50ドル分使い切ったら、カードにまた電気代を入れないといけません。

誰のせいでオーバーになったのかの喧嘩はしょっちゅうでした。
その内、ルームメイトと喧嘩になるのを避ける為に、簡単な食事と寝るだけに戻って来る状態でした。
ルームメイトも、仏人と黒人で文化の違いだらけでしたね。
シャワーの使い方からキッチンの使い方まで全く違うから最初は喧嘩ばかりでした。
テレビなんか勿論置いて無いし、パソコンなんかまだ無い時代。
かろうじてラジオを乾電池で聞いていましたw。
お金は無いから、大学構内の書店でアルバイトして、授業は全部夜の授業を取って。
洋服は全部、古着屋で調達。
でも、見栄っ張りだから、ブランド品名を捜し集めて着ていました。
周りの人はそれのせいで結構アテシが金持っているって勘違いしていたらしいんですw。(後から友達から聞いた話)
大学構内のでアルバイトしていたせいで、後には奨学金も貰える事になって授業料は安くなったお陰で日本に資金調達の為に一時帰国する必要が無くなっただけで、アルバイトでの稼ぎは変わらず生活費ギリギリ。
あっ、この奨学金は結構周りに白い目で見られたかな。。。

皆欲しがっていたけど中々貰えなかったから。
 
本当に、色んな人にお世話になりました。

奨学金はアルバイトしていた書店の店長が学校の事務局に話をしてくれて、アルバイトしながら知り合いになった教授数名が推薦してくれたりで貰う事が出来ました。


寝坊して朝バスに乗り遅れた時に電話をしたら寝ていたのに起きてわざわざ学校まで連れて行ってくれた友人たち。

 

金曜日は書店で一緒に仕事をしているおばさん(Wanda)がピックアップしてくれたり。

そうそう、Wandaおばさんいつもアテシの分のコーヒーとサンドイッチまで持って来てくれました。

嬉しかったなぁ。。。

授業は夜で、リサーチとかも夜中までかかる事もありました。

そんな時も迎えに来れた友人たち。

でも、何回か誰もいなくて歩いて帰ったこともありました。
歩道も無ければ、電灯も無い。
Highwayの横をトコトコ歩く事40分?1時間?


ある日、アテシの部屋のサイズがクロゼットと同じサイズってのを友達が知って、そんな所に住んでないで自分の所に来いって言ってくれて。。。

彼女と住んでいる部屋だったけど、半強制的に引越しさせられたてw。

そんな友達いませんよね。。。良い人達だった。

夜な夜な、タイプライターで論文打って、修正液だよ、間違い直しするの!
そんな時代でした。


本当に色んな人にお世話になりました。。
その人達に恩を直接返す事が中々出来ないから、自分の周りで助けを必要としている人がいたら出来るだけの事をしてあげようって、社会人になってから心がけています。

この世を去るまで、恩返し続けるつもりです。
頂いたものが多いし、大きいからね。 

 

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