Auntie Kの日記

カナダで同性婚をしたアラフィフのおじさんの備忘録です。

【古い話】辛かった幼児期


 


ボンジュール☆

今日は本当に朝からいい天気です。
来週はとうとう気温も30℃近くまで上がっていくそうです。
7月を間近に夏日になって来ています。

ここ数日アテシの過去の話を続けていますが今日はその中でもちょっと余り思い出したくない暗い幼児期の話を少ししようかと思います。

突然の引越し

アテシは東京都荒川区で生まれました。
その後幼稚園高学年まで埼玉県幸手市で育ちました。
この頃の記憶は薄いですが住宅団地で毎日友達と外で遊んでいた記憶しかありません。
あっ!喧嘩して謝りに行かされたりした事も覚えています。
それが急遽九州に引越す事になったんです。
父方の祖父母の容態が悪くなったのが理由でしたが小さかった自分には全く持って理解不能な出来事でした。

方言に苦しめられる

引越して来て一番最初に苦しめられたのが方言でした。
兎に角、
「女の子みたいな話し方」
って笑われました。
いや、この頃からおねー言葉なんか話してはいませんよ、爆
それだけ関東の言葉と九州の言葉と違いがあったんですね。
小学校に上がっても言われ続けました。

朝鮮部落

家族が引越したのは「朝鮮部落」と呼ばれる地区でした。
今じゃ存在しないですけど。
アスファルトの道路は無くて土でした。
トイレは家になく部落の中心辺りに公共のポトン便所*1があるだけでした。
家に五右衛門風呂があったので未だ裕福な方です。
ガスとかじゃなくて外から焚き火で水を温めるんですよ。
駄菓子屋に言っても話している言葉が違うんです。
お店の人は自分が言っている言葉は理解しているけど返ってくる言葉がチンプンカンプン。
それでもドロドロになりながら近所の子達と遊んでいた記憶があります。
この頃ですかね少しずつ何か違うって感じ始めたのは。


地獄だった小学校時代

最初に入学した小学校で生徒数が多くなり、分校され新しい小学校に移る事になりました。
3年生の頃かな。。。
その頃から突然仲間外れされるようになったんです。
友達を作ってもすぐに縁を切られるか無視されるようになったんです。
理由なんて自分は全く分かりませんでした。
この新しい小学校はウチら家族が住んでいた地区からそう遠く無い場所にありました。
自分が朝鮮部落に住んでいた事を知った親の間で話が広まった様です。
子供にも「仲良くするな」と言っていたようです。
本当に落ち込みました。
イジメですよね。色々言われました。
苗字が漢字1文字なんですがそこから弄られ、着ている服が汚いだの、話し方が女みたいだの。
この頃だけで3回自殺未遂しています。
最初はガス自殺をしようとしたんですが外で遊んでいた弟がトイレに戻って来てw。
「ガス付いとるぞ!」って消してまた外に出て来ました。
密室にした訳でもないですしw。無知な子供ですよね。
その次は手首をカッターナイフで切ろうとしました。
母親に見つかり何があったのかと聞き質されましたがアテシは黙っていました。
自分が悪いんだし。。。
最後は学校の屋上から飛び降りようとしたんです。
もう色々と弄られるのに我慢出来なくなって。
先生に話しても「あなたが悪いじゃないの」って言われて。。。
屋上に駆け上がりました。
もちろん先生に捕まり親が呼びつけられました。
当時の担任は母親にこう言いました。

この子の責任は負えません。
このまま通学させるなら何があっても学校は責任を取りません。

横で聞いていてすごく辛かったの忘れられません。

母親の決心

出来るだけ父親が韓国人であることは話したくなかったそうです。
何も特別だと思ったことがないから。
風当りが辛いこともあるかも知れないけどここまで子供を苦しめるとは想像もしていなかったそうです。
学校での一件の後腹を括ったそうです。
ウチら兄弟を目の前に座らせて淡々と話しました。

  1. 公務員になる夢は捨てなさい。
  2. 時代が変わるまでは出世だとか大きな夢は捨てなさい。
  3. 仕方がないんだから。
  4. 何があっても何を言われても人を責めないこと。
  5. 何をされても何を言われても我慢すること。
  6. 兎に角無視しなさい。

こんな要点だったと覚えています。
何も表情が変わらず怖かった記憶があります。


引越しそして転校

この後ウチら家族は引越してアテシが通う学校も変わりました。
新しい学校に新しい担任の先生。
もちろんあの事件の事は聞かされていたんだと思います。
すごく若くて綺麗で優しい先生でした。
小学校5年、6年はこの担任の先生で本当に救われました。
初めは怯えていた自分も少しずつ殻から出てみんなと遊ぶようになりました。
卒後業式の日この一文字が書かれた色紙を貰いました。
「友」
これからのアテシの生涯で「友達」は重要だよって。
どんな形でも友達は本当に大切ですよね。

まとめ

察して頂けると思いますが余り思い出したくない時期の話です。
環境が変わり、新しい出会いで救われました。
前回の話と同じでアテシは本当に人に恵まれています。
窮地に必ず誰かが手を差し伸べてくれているんです。
でもそうじゃない人たちもたくさんいますよね。
アテシがペーフォーワードに固執する理由です。





*1:汲み取り式便所